2026年現在、大相撲の歴史を語る上で欠かせない存在である元大関・琴風豪規。三重県津市出身の力士として昭和の大相撲シーンに数々の足跡を残し、引退後も尾車親方として多くの弟子を育成、現在はNHKの大相撲解説者やスポーツ報知評論家として活躍を続けています。
本記事では、公式ファクトに基づき、中学時代からの意外なエピソードや切手収集にまつわる秘話、そして尾車部屋創設の知られざるドラマまで、その激動の相撲人生の真実を解説します。
琴風豪規の基本プロフィールと昭和の大相撲における圧倒的な実績
琴風 豪規(ことかぜ ごうき)は1957年4月26日、三重県津市に生まれました。本名は中山 浩一。現役時代の体格は身長183cm、体重173kg、得意手は左四つ、寄り。佐渡ヶ嶽部屋に所属し、昭和の大相撲において最高位・東大関まで登り詰めた実力派力士です。愛称である「ペコちゃん」は、その愛嬌のあるキャラクターから広く親しまれました。
海軍相撲で鍛えた相撲好きの父の影響を受け、幼少期から相撲と深い縁を持って育ちました。しかし、少年時代には家庭の事情による経済的な困難や、度重なる怪我など、数々の試練が立ちはだかりました。特に、膝の怪我によって幕下まで陥落した時期は相撲人生最大の危機でしたが、不屈の闘志で這い上がり、見事に大関へと昇進を果たしました。
切手収集家の側面と、治療費のために手放した知られざる過去
土俵上の豪快な取り口の一方で、琴風の知られざる一面として知られているのが熱心な「切手収集」の趣味です。子供の頃から珍しい切手を多数コレクションしていましたが、前述の膝の怪我で幕下まで陥落した際、苦渋の決断を下すことになります。
それは、相撲の治療費や遠征費に当てるために、大切にしてきた切手コレクションの全てを泣く泣く売り払うという出来事でした。後に本人は、「大切にしていた物であり思い出も多く大変迷ったが、相撲のほうがより大切だったので売却を決断した」と回想しています。この不退転の覚悟が実を結び、関取へ復帰を果たした後は再び収集を再開。その熱量は本物で、1982年10月および1983年10月には後楽園ゆうえんちの秋の催しとして開催された切手展でコレクションが一般公開されるなど、コレクターの間でも広く知られる存在となりました。
尾車部屋創設の知られざる経緯と「弟子を守る」圧倒的な覚悟
1987年3月、現役を引退した琴風は年寄・尾車を襲名し、佐渡ヶ嶽部屋から独立する形で「尾車部屋」を新設しました。この部屋創設の裏には、妻に対する強烈な決意表明がありました。
部屋を立ち上げる際、尾車は妊娠中だった妻に対し、「ある日、部屋が火事になり、弟子と実子が建物に取り残されたとする。1人しか助けられない状況なら、私は間違いなく弟子の方を救出する。その強い気持ちが無いと部屋は運営できない」という覚悟を語り、妻もその強い信念に納得したというエピソードが残っています。
| 時期・年 | 主な出来事・キャリア | 備考・詳細 |
|---|---|---|
| 1957年4月26日 | 三重県津市で誕生 | 本名は中山浩一。父の影響で幼少期から相撲に親しむ。 |
| 佐渡ヶ嶽部屋時代 | 最高位「東大関」へ昇進 | 左四つ、寄りを武器に活躍。愛称は「ペコちゃん」。 |
| 1987年3月 | 尾車部屋を設立 | 佐渡ヶ嶽部屋から独立。弟子を最優先する強い覚悟で部屋を運営。 |
| 2005年4月 | 押尾川部屋を引き取る | 経営を断念した押尾川親方(元大関大麒麟)の弟子らを受け入れる。 |
| 現在 | NHK大相撲解説者・評論家 | 日本相撲協会退職後は「琴風浩一」としてメディアや解説で活躍。 |
尾車が目指したのは、従来の「怖くて荒っぽい」という相撲界の厳しいイメージを一新し、社会に安心して受け入れられる「人格者」を育てることでした。その理念のもと、豪風や嘉風といった数々の優れた関取を輩出。さらに2005年4月には、押尾川親方(元大関大麒麟)が部屋経営を断念した際に押尾川部屋の力士たちを引き取るなど、相撲界全体への貢献も果たしました。
現在における活動:相撲解説者・評論家としての歩み
日本相撲協会を退職した後は「琴風浩一」の名で活動しており、現在は日本放送協会(NHK)の大相撲専属解説者、およびスポーツ報知の評論家として多方面で発信を続けています。
現役時代に大関として味わった栄光と、幕下転落や大怪我といった深淵の双方を知る人物だからこそ、その解説には重みと説得力があります。単なる勝敗の解説にとどまらず、力士の心理状態や取組の細かな駆け引きを温かみのあるトーンで伝えるスタイルは、長年の相撲ファンから絶大な支持を得ています。
【琴風豪規】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:琴風豪規の本名や現在の名前はどうなっていますか?
A1:本名は中山 浩一(なかやま こういち)です。日本相撲協会を退職した現在は、「琴風 浩一」の名で活動しています。
Q2:現役時代の最高位や得意手は何ですか?
A2:最高位は東大関です。得意手は左四つ、寄りで、昭和50年代から60年代初頭にかけての土俵を大いに沸かせました。
Q3:現在の主な活動内容は何ですか?
A3:NHKの大相撲専属解説者、およびスポーツ報知の評論家として、テレビ中継やメディアを通じて相撲の魅力や技術を分かりやすく解説しています。
琴風豪規の相撲人生は、家庭の苦難、度重なる大怪我、そして愛する切手コレクションの売却といった数々の試練の連続でした。しかし、そのすべての逆境を不屈の闘志で乗り越え、大関という栄誉を掴み取りました。
引退後も「弟子を我が子以上に守る」という強い信念を持って尾車部屋を率い、現在は解説者として相撲界の発展に寄与し続けています。そのブレない姿勢と人間力は、時代を超えて多くの人々に勇気を与え続けています。