大相撲の歴史において、師弟の絆や血縁による伝統の継承はファンの心を惹きつけて止まない大きなロマンの一つです。山形県尾花沢市出身で抜群の端正なルックスと正統派の右四つ相撲で多くのファンを魅了した元関脇・琴ノ若晴將。現役時代には数々の横綱から金星を奪い、三賞を受賞するなど輝かしい戦績を残しました。その後、佐渡ヶ嶽部屋を継承し親方として指導にあたる一方、長男である琴ノ若傑太(現・二代目琴櫻)へ自身の現役時代の四股名や先代の名跡を継がせるまでの道のりには、血の繋がりを超えた深い家族の絆と緻密な青写真がありました。
本記事では、琴ノ若晴將の現役時代の輝かしい戦績の軌跡から、佐渡ヶ嶽部屋の継承、そして二代目琴櫻へと受け継がれる知られざる経緯や家族の物語について、信頼できる公式記録とファクトに基づき解説します。
元関脇・琴ノ若晴將の現役時代:輝かしい戦績と金星・三賞の足跡
山形県尾花沢市出身の鎌谷満也(旧姓今野)は、佐渡ヶ嶽部屋に入門し「琴ノ若」の四股名で土俵に上がりました。身長191cm、体重181kgの恵まれた体格を生かし、得意手である右四つ、寄り、上手投げを武器に長く幕内の上位で存在感を発揮しました。美男子として知られ、女性ファンからの人気も非常に高かったことでも知られています。
入幕後、小結と平幕を往復しながらも実力を磨き、1995年7月場所で初の三賞となる敢闘賞を受賞。さらに1996年7月場所では、当時の横綱であった曙と貴乃花の両横綱を撃破する快挙を成し遂げ、ダブル金星と殊勲賞を獲得しました。その後も怪我や苦しいリハビリを乗り越え、2003年3月場所および7月場所では当時勢いに乗る朝青龍から金星を奪うなど、通算で実に7個もの金星を獲得しています。2004年3月場所では33場所ぶりとなる三賞受賞を果たし、同年9月場所でも敢闘賞を受賞するなど、ベテランとなってからも衰えない相撲勘と勝負強さで土俵をわかせました。
佐渡ヶ嶽部屋の継承と師匠としての歩み
琴ノ若晴將のキャリアと人生の大きな転換点となったのが、1996年4月の結婚です。先代佐渡ヶ嶽親方の長女と婿入りの形で結婚したことにより、将来的に佐渡ヶ嶽部屋を継承することが決定しました。現役生活を長く続けながら部屋の将来を背負う立場となり、プレッシャーと戦いながら土俵務めを果たしました。
2006年5月27日、両国国技館で行われた引退相撲では、当時まだ若かった長男・将且(のちの二代目琴櫻)と取組を行いました。この現役引退を機に年寄「佐渡ヶ嶽」を襲名し、師匠として後進の指導と部屋の運営に専念することとなります。名門・佐渡ヶ嶽部屋の伝統を守り抜きつつ、時代に合わせた指導法で多くの関取を育成する手腕を発揮しています。
【ファクト検証】琴ノ若晴將の主な戦績・キャリアマイルストーン
琴ノ若晴將の現役時代における主要な実績やキャリアの節目を分かりやすくまとめました。
| 時期・年 | 主な出来事・実績 | 備考・詳細 |
|---|---|---|
| 1968年5月15日 | 山形県尾花沢市で誕生 | 本名:鎌谷満也、佐渡ヶ嶽部屋入門 |
| 1996年4月 | 師匠の長女と結婚 | 婿入りの形で佐渡ヶ嶽部屋の継承が決定 |
| 1996年7月場所 | ダブル金星獲得(殊勲賞) | 曙、貴乃花の両横綱を撃破する大金星 |
| 1999年1月・3月場所 | 最高位「西関脇」に昇進 | 長年の安定した実力が評価される |
| 2003年3月・7月場所 | 朝青龍から金星を獲得 | 通算金星は合計7個に到達 |
| 2006年5月 | 両国国技館で引退相撲 | 年寄「佐渡ヶ嶽」を襲名、部屋を継承 |
二代目琴櫻(琴ノ若傑太)への四股名継承に秘められた家族の絆
琴ノ若晴將のキャリアにおいて、もう一つの大きなハイライトが長男・将且への四股名の継承です。一人息子である将且は、高校在学中の2015年11月場所から佐渡ヶ嶽部屋に入門し、「琴鎌谷」の四股名で初土俵を踏みました。翌2016年1月場所では序の口で全勝優勝を果たすなど、父の背中を追うように着実に力をつけていきました。
親子間および先代親方との間では厳格なルールと約束がありました。先代佐渡ヶ嶽の現役時代の四股名でもある「琴櫻」については、大関昇進以降であれば継がせてよいという生前の約束があり、自身の現役時代の四股名である「琴ノ若」についても、最低でも三段目以上への昇進以降とする方針が取られました。2016年5月場所に三段目へ昇進した際、父である佐渡ヶ嶽親方は「琴ノ若」の襲名を考えましたが、本人が「まだ名乗れるほどになっていない」と辞退。このストイックな姿勢が、のちの大成へのバネとなりました。
そして2019年7月場所、幕下東2枚目で勝ち越しを果たし、十両昇進が承認されたことで「二代目琴ノ若」を襲名。関取としての第一歩を踏み出しました。さらにその後、父との約束通り大関昇進を果たしたのち、佐渡ヶ嶽部屋の歴史と伝統が宿る「琴櫻」の名跡を継承し、二代目琴櫻としてさらなる高みを目指すことになります。父・晴將が築いた土台と、家族で支え合った育成のプロセスこそが、現在の黄金期を支える最大の原動力となっています。
【琴ノ若晴將】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:琴ノ若晴將の最高位は何ですか?
A1:最高位は西関脇(1999年1月場所および3月場所)です。小結と平幕を往復しながら長く上位で活躍し、悲願の関脇昇進を果たしました。
Q2:現役時代に獲得した金星の数はいくつですか?
A2:通算で7個の金星を獲得しています。曙、貴乃花、朝青龍といった時代を代表する横綱から白星を挙げるなど、大一番に強い取り口が特徴でした。
Q3:二代目琴櫻(琴ノ若傑太)との血縁関係はどうなっていますか?
A3:二代目琴櫻(琴ノ若傑太)は琴ノ若晴將(現・佐渡ヶ嶽親方)の実の長男(一人息子)です。父の現役時代の四股名「琴ノ若」を経て、大関昇進後に先代ゆかりの「琴櫻」を継承しました。
元関脇・琴ノ若晴將の歩みは、単なる一力士の栄枯盛衰にとどまらず、相撲界における名門の継承、そして家族による二人三脚の育成がいかにして結実するかを示す素晴らしい実例です。現役時代の数々の金星や怪我を乗り越えた不屈の精神は、そのまま佐渡ヶ嶽親方としての指導哲学に受け継がれました。
厳格なステップを踏ませながら息子を一人前の関取・大関へと育て上げた過程には、単なる甘えではなく、相撲道に対する厳しさと深い愛情が存在していました。二代目琴櫻のさらなる飛躍と佐渡ヶ嶽部屋の未来を見据える中、琴ノ若晴將が残した足跡は、これからの大相撲史においても色褪せることのない輝きを放ち続けます。