ホーム スポーツ 大相撲の元大関・御嶽海久司のプロフィールから悲願の初優勝・大関昇進の軌跡、結婚秘話まで徹底解剖

大相撲の元大関・御嶽海久司のプロフィールから悲願の初優勝・大関昇進の軌跡、結婚秘話まで徹底解剖

東 奏 東 奏 • 更新: • 公開: • 読了約 8 分
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大相撲の土俵で圧倒的な突き・押しを武器に数々の名勝負を生み出してきた元大関・御嶽海久司。長野県木曽郡上松町を出身地とし、出羽海部屋に所属する現役力士として、ファンの記憶に残る数々の実績を積み重ねてきました。本記事では、公式データやこれまでの歩みを振り返りながら、そのプロフィール、最高位に登り詰めた悲願の初優勝・大関昇進の軌跡、そして結婚に関するエピソードまで、これまでの足跡と現在の活躍を分かりやすくまとめました。

平成4年度生まれの関取で構成される「花のヨン組」の一人としても知られ、東洋大学出身者として史上初の大関昇進を果たした御嶽海久司。その激動の競技人生と、土俵外での知られざるエピソードに至るまで、多角的な視点からその魅力を紐解いていきます。

御嶽海久司のプロフィールと基本スペック:生い立ちから出羽海部屋入門まで

御嶽海久司

御嶽海 久司(みたけうみ ひさし)は1992年12月25日生まれ、長野県木曽郡上松町出身(出生地はフィリピン)の現役大相撲力士です。本名は大道 久司(おおみち ひさし)。身長182cm、体重172kg、血液型はO型で、圧倒的な体格と強靭な下半身を活かした突き・押し相撲を最大の得意技としています。父は日本人、母はフィリピン人であり、フィリピン系の大関としては史上2例目という誇らしい歴史も刻んでいます。

幼少期からスポーツ万能で、相撲においても頭角を現した御嶽海は、名門・東洋大学へ進学。アマチュア相撲で数々のタイトルを獲得し、輝かしい実績を引っ提げて角界の門を叩きました。東洋大学出身者からの大関昇進は、大相撲史上初となる快挙であり、学生相撲出身のトップランナーとして長年、土俵を牽引してきました。

大相撲での軌跡:最高位「東大関」への歩みと3度の幕内最高優勝

初土俵から順調に番付を駆け上がった御嶽海は、幕内においても幾度となく優勝争いの中心人物として存在感を示してきました。中でも特筆すべきは、2018年7月場所での初優勝、そして2022年1月場所における劇的な3度目の幕内最高優勝と大関昇進のドラマです。

2022年1月場所の直前、伊勢ヶ濱審判部長から「直近3場所で合計33勝」の目安に加え、事実上の全勝優勝に近い高いハードルが課される中、場所が始まりました。初日から快進撃を続け、幕内力士で一番乗りとなる8連勝をマーク。10日目に北勝富士戦で敗れて1敗となったものの、翌11日目の正代戦で10勝目を挙げ、三役で自身初となる2場所連続の2桁勝利を達成しました。

その後、12日目に阿武咲戦で2敗目を喫したものの、13日目の阿炎戦、14日目の宝富士戦と着実に白星を重ね、14日目に横綱・照ノ富士が敗れたことで優勝争いの単独首位に浮上。千秋楽の照ノ富士戦をも制し、見事に3度目の幕内最高優勝を成し遂げました。

この場所での13勝という圧倒的な成績を受け、日本相撲協会の審判部が臨時理事会を招集。場所後となる1月26日の番付編成会議で、正式に大関昇進が決定しました。長野県出身力士の大関昇進は、江戸時代の1795年に名を残す雷電爲右エ門以来、実に227年ぶりという歴史的な快挙となりました。

時期・場所 主な出来事・成績 備考・歴史的意義
2018年7月場所 幕内最高優勝を達成 自身初となる悲願の初優勝を飾る。
2022年1月場所 13勝2敗で3度目の幕内最高優勝 千秋楽で照ノ富士を下し、単独首位で優勝を決める。
2022年1月26日 大関昇進が正式決定 長野県出身として雷電爲右エ門以来227年ぶりの昇進。東洋大学出身者としても史上初。
2022年2月12日 都内で結婚披露宴を開催 直前に一般女性との結婚を発表し、公私ともに大きな節目を迎える。

大関伝達式の名言と、相撲道に邁進する姿勢

大関昇進の使者を迎えた伝達式において、御嶽海が述べた口上は多くの相撲ファンの胸を打ちました。「大関の地位を汚さぬよう、感謝の気持ちを大切にし、自分の持ち味を生かし、相撲道に邁進して参ります」という言葉には、これまでの苦労と、支えてくれた周囲の人々への深い感謝、そして自らの持ち味である突き・押しをさらに磨き上げるという強い決意が込められていました。

尊敬する力士として武双山を挙げることからもわかるように、真っ向からぶつかり合う気迫溢れる相撲スタイルは、見る者に感動を与え続けています。勝負の世界である以上、怪我や不調に悩まされる時期もありましたが、その度に試練を乗り越え、現役力士として第一線で闘い続ける姿は、後進の力士たちにとっても大きな道標となっています。

結婚に関するエピソード:公私を支えるパートナーとの絆

土俵上の猛々しい姿とは裏腹に、プライベートにおける誠実な人柄や結婚に関するエピソードも、ファンの間でたびたび話題となってきました。

大関昇進が正式に決まった翌日の2022年1月27日、1歳年上の一般女性(後援会の関係者)とすでに結婚していたことが発表されました。日頃から厳しい鍛錬が続く角界において、精神的な支えとなってきたパートナーの存在は、悲願の初優勝や大関昇進という大きな原動力の一つであったと言えます。

また、その直後の2月12日には都内で盛大な結婚披露宴を開き、関係者やファンから温かい祝福を受けました。遡ること2019年11月に福岡市内で開催されたトークショーでは、理想の結婚相手の条件として「年上」「母親似」「フィリピン料理が得意」といった具体的な好みをユーモアを交えて語っていたこともあり、まさに理想の伴侶と結ばれた形となりました。公私ともに充実した環境を築いたことが、彼の安定した精神力と長く続く現役生活を支える大きな基盤となっています。

【御嶽海久司】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:御嶽海久司の出身地や本名は?
A1:本名は大道 久司(おおみち ひさし)です。長野県木曽郡上松町が出身地で、出生地はフィリピンとなっています。

Q2:大関昇進を決めた際の歴史的な背景は何ですか?長野県出身としては何年ぶり?
A2:2022年1月場所で3度目の幕内最高優勝を飾り、大関に昇進しました。長野県出身力士の大関昇進は、江戸時代の1795年の雷電爲右エ門以来、実に227年ぶりの快挙でした。

Q3:結婚相手はどのような方ですか?結婚披露宴はいつ行われましたか?
A3:1歳年上の一般女性(後援会の関係者)と結婚しており、2022年1月場所後に発表、同年2月12日に都内で結婚披露宴が開催されました。

御嶽海久司が歩んできた道のりは、地方出身の学生相撲エリートが数々の壁を乗り越え、伝統ある角界の最高峰へと登り詰めた感動的なサクセスストーリーそのものです。東洋大学出身者初の大関という肩書だけでなく、フィリピンにルーツを持つ力士としての誇り、そして何より土俵で見せる泥臭くも力強い突き・押し相撲は、多くの人々に勇気を与えてきました。

2026年現在も現役力士として土俵に上がり続けるその姿は、若い世代の台頭が著しい角界において、経験に裏打ちされたベテランならではの重みと魅力を放っています。これからも一歩一歩、相撲道に邁進する御嶽海久司の取組から目が離せません。

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東 奏
コンテンツディレクター 東 奏
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芸能・エンタメ取材歴9年。所属事務所の公式リリースと番組公式サイトを一次情報として照合し、確認できない内容は記事にしません。

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